こうちゃんの Collection Room
このお部屋にはこうちゃんが、集めたもの、手作りしたもの、日々の記録などを紹介しま~す♪ 

紀伊山地霊場御朱印帳と高野七口押印帳

丹生官省符神社で、渋い御朱印帳を見つけました。
それとは別にスタンプ帳も…。
紀伊山地霊場御朱印帳と高野七口押印帳01
「杉の木で出来てる珍しい御朱印帳ですよ」

紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産10周年記念御朱印帳
ユネスコ世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録地である吉野大峯・熊野・高野山の三霊場から成り立つ 紀伊山地三霊場会より、世界遺産登録10周年を記念し御朱印帳を製作致したもの。
御朱印帳は杉材で出来ており、残数40冊ほどです。

とのこと。

限定ものに弱い私(^^;)
スタンプラリーもきらいじゃない(コレクター魂〜)




御朱印、、頑張って集めます!
紀伊山地霊場御朱印帳と高野七口押印帳02

紀伊山地霊場御朱印帳と高野七口押印帳03

紀伊山地霊場御朱印帳と高野七口押印帳04

高野七口押印帳をよく読んだら、全部集めるとなにやら記念品が頂けるらしい。。
う、期間内に集める事が出来るかしら(><)




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桜井線(万葉まほろば線)・和歌山線 万葉ラッピング列車[「旅万葉」

慈尊院からの帰り、偶然ラッピング電車を目撃しました。
JR和歌山駅で停車中のは見た事があったけど、なかなか全貌が見られなかった電車!
なんせ、1時間に1〜2本のダイヤで走っているウチの、 何分かの一車輛、ですのでお目にかかること自体珍しいのに、田舎の方で見掛けたので全車体をまるっと見られたのは初めてです(嬉)
ただし、私は車の運転中だったため、助手席からダンナさんが運転席越えで撮ってくれました。

和歌山線「旅万葉」2014-02
ぼやぼやだと思われるでしょうが、撮る状況が状況なだけに、いや〜これでも良く撮れたよ!
ダンナ様、ありがとう!!



電車の部分だけ拡大してみました
和歌山線「旅万葉」2014-01
なんとなく分りますかね?
2009年11月29日から2編成目の運行を開始した「旅万葉」
JR105系の2両編成
外装デザインコンセプトは『わが国で最古の歌集として位置づけられる万葉集。日本が誇る万葉集にふさわしく、全てを日本画の大家の作品で構成します。』 

『旅万葉』に取り上げられる万葉の歌人は 下記の6人です。
(左から順になっています)

A 藤原鎌足 作者不明《藤原鎌足像》 奈良国立博物館所蔵
B 柿本人麻呂 伝・藤原信実《柿本人麿像》 京都国立博物館所蔵
C 額田王 安田靫彦《飛鳥の春の額田王》 滋賀県立近代美術館所蔵
D 大伴家持 安田靫彦《大伴家持》 個人蔵
E 大伴旅人 小杉放菴《酒仙像》 小杉放菴記念日光美術館所蔵
F 山上憶良 安田靫彦《山上憶良》 個人蔵

観光列車『旅万葉』の車内の天井には 外観と同じ茜色が採用され、 歌に詠まれた草花や鳥などの イラストが貼り付けられます。
また、側扉上には、外観に レイアウトされた 歌人と歌についての 解説ポスターが配置されます。                                            



<和歌山市のHPより>
平城遷都1300年祭:ラッピング観光列車は、平成22年に奈良県内を舞台に開幕した平城遷都1300年祭に合わせて奈良県が企画したもので、桜井線(奈良~高田駅間)と和歌山線(王寺~和歌山駅間)全線で、2009年11月29日から通常ダイヤの中で運行されています。

 柿本人麻呂や大伴家持らの万葉歌人、万葉歌、大和三山、花や鳥のイラストなどの絵で列車が外装され、車内にも歌に詠まれた草花や鳥のイラストが、描かれています。

 平城京に遷都(和同3(710)年、元明天皇が平城京に遷都)されてから2010年で1300年になります。これを記念して、奈良県各地でさまざまな催しを開く通年イベント「平城遷都1300年祭」が平成22年1月1日から12月31日まで開催されます。
 この列車は、これをPRするラッピング列車です。




丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)

慈尊院の境内に入ってすぐ、石段がありました。
実は慈尊院にお参りする前にこちらの方に先参拝しちゃいました。

丹生官省符神社2014-01
石造鳥居
慈尊院のお寺から続く石段を登ると最初に見えるこの鳥居は、明治43年に町内の九度山、入郷、慈尊院の三地区の氏神社、無格社が丹生官省符神社と合祀されたのに伴い、大正10年8月こちらに移されました。
(九度山町のHPより)

丹生官省符神社2014-03
石段は九度山の指定文化財



石段の途中(石の鳥居の右手側)に町石が!
丹生官省符神社2014-02
町石(町石道の道標)
「高野山町石道(ちょういしみち)」は、弘法大師が開創した高野山へ向う七つの道のうち九度山の慈尊院から山上西口の大門に至る参詣道。山上の根本大塔を起点に1町(109m)毎に180町石が建てられ祈りの道、あるいは信仰の道であった。弘法大師が開山のおり木製の卒塔婆を建て道しるべとしたが、朽ちた木製の代わりとして五輪形の町石が鎌倉時代に建て替えられた。
そして、この町石が最終の180町目(ゴールにしてスタート地点)
見落としそうな場所にありました。









 丹生官省符神社2014-04
丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)の朱鳥居
流石、丹(たん)がつくだけあって、朱(あか)が綺麗です!
写真では見えにくいですが「茅の輪(ちのわ)くぐり」が施されていました。




丹生官省符神社2014-05
まずはお手水で清めて
これも見えにくいけど、水口の龍が面白い。






丹生官省符神社2014-08
拝殿



丹生官省符神社2014-09
本殿
※実は拝殿の後ろに本殿がある事に気がつかず、見そびれているの(><)
 この写真はHPからお借りしました。


弘法大師が慈尊院を開創した弘仁7年(816年)、その守り神として地元にゆかりのある丹生都比売・高野御子の二神を祀った神社です。社殿三棟は木造一間社春日造、桧皮葺、極彩色北面で重要文化財に指定されています。神社ができた当時の位置は、現在の渡し場の東にあたる宮の橋の付近であったと考えられています。その後、河北から高野領地となり、官省符21ヶ所村が成立しますと、その総氏神として栄えてきました。慈尊院の弥勒堂が現在の位置に移された際、この神社も一段高い神楽尾山(かぐらおやま)へ移されました。その時、天野神社にならって気比、厳島二神を合わせ祀って四神とし、なお、古くからこの地に鎮座していた天照、八幡、春日の三神を合わせ祀って七社明神としました。

本殿は三殿あって
第一殿
丹生都比売大神 (丹生明神) 天照大御大神の御妹
高野御子大神 (高野明神) 真言密教の守護神 丹生都比売大神の御子 導きの神
天照大御神 (天照大神) 日の神
第二殿
大食都比売大神 (気比明神) 五穀酒造の神
誉田別大神 (八幡大神) 応神天皇に坐して武勇の神
天児屋根大神 (春日大神) 神事祭祀の神
第三殿
市杵島比売大神 (嚴島明神) 福徳寿の神 

多くの氏神社をお祀りしています。とのこと





丹生官省符神社2014-06
拝殿の左横に絵解き看板がありました。
この絵の説明は以下参照
丹生官省符神社のHPより
空海は、真言密教修法の道場の根本地を求めて東寺(京都)を出で立ち各地を行脚され途中大和国宇智郡に入られた時、一人の気高い猟師に出会い高野という山上の霊地のあることを教えられました。
猟師は従えていた白・黒二頭の犬を放たれ空海を高野山へと導かれました。此の処は実に天下無双の霊地であり、空海は、此の処を教えくださった猟師は、神さまが姿を猟師に現し、化現狩場明神となり神託として一山を与え下さったものであると想念の内に感得されたのでした。その事を嵯峨天皇に上奏し、天皇は深く感銘され、高野山を空海に下賜されたのでした。
狩場明神の尊い導きにより開山することができた高野山金剛峯寺。仏教・真言密教の布教の基となった狩場明神との運命的な出会い。空海はその思いを政所として慈尊院を開いたとき、参道中央正面上壇に丹生高野明神社(現丹生官省符神社)を創建奉祀され、諸天善神への祈願地としてこの地を天と神に通じる地、即ち神通寺の壇とし、慈氏寺の壇と併せて萬年山慈尊院と称されました。
空海によって創建鎮座爾来、御社号も慈尊院丹生高野明神社、丹生七社大明神、丹生神社、丹生官省符神社と変遷し、県内外を問わず尊崇を受け、官省符荘(荘園)の総社として栄えました。

案内犬ゴンに繋がるお話ですね!!



丹生官省符神社2014-07
喪中とかは一年続くものと思っていたけど、早く開けさせたい時にはここにお祓いに来ればいいのね!
(でもまぁ、どうしても早くに〜っという状態には余りならないと思いますが)





丹生官省符神社2014-10
179町石
丹生官省符神社の右手側の道におりた所で町石がありました。
ここからカウントダウンで登って行けば高野山大塔に行けると云う訳。
いつか町石道を登ってみたい。
標準7時間半かかるらしいので、気合居るなぁ(^^;)








慈尊院(女人高野・結縁寺)

和歌山県橋本市の近くに用事があったので、
以前から行きたいと思っていた寺社に参拝してきました。


第六番 万年山 慈尊院
慈尊院2014-01
所在地: 和歌山県伊都郡九度山町慈尊院(いとぐん くどやまちょう じそんいん)
開 創:(伝)弘仁7年(816年)、弘法大師(空海)開基
御本尊: 弥勒菩薩(国宝、秘仏) 
      ※慈尊とは、弥勤菩薩の別名で、これより慈尊院と公称している。

慈尊院は、弘法大使(空海)が高野山を開いた時、その麓にあたる参詣の要所として高野山の寺務所を置いた場所。山に登る玄関口だったそうです。
当時の慈尊院は、今の場所より北側にあり、方6丁の広さがあったと伝えられていますが、天文9年(1540年)紀の川の大洪水にて流失しました。しかし、弥勒堂だけは天文6年(1474年)に今の場所に移してあったので、流失をまぬがれました。
また、「我が子が開いている山を一目見たい」と、弘法大師の御母公が香川県の善通寺より訪ねてこられました。しかし、当時の高野山は女人禁制でしたので、弘法大師の元には行くことができず、この慈尊院で暮らしておられました。大師は、月に九度は必ず高野山上より二〇数キロの山道を下って、母公を尋ねられたのでこの地名を九度山と称す。(実際には九度ではなく、それほど多く、との意味)
このことで、女人高野のいわれがあるため、子授け、安産、育児、授乳、良縁、最近では乳癌平癒(病気平癒)などを願って乳房型、絵馬を奉納する女性が多く訪れます。
平成16年7月、高野山とともに世界遺産に登録されました。




慈尊院2014-02
多宝塔
県の指定文化財。
本尊は大日如来が置かれているため、大日塔とも呼ばれている。弘法大師の創立。
現在の塔は寛永年間(1624~1643)に再建されたもの。




慈尊院2014-03
拝堂
弥勒堂と対面する様に建つ。





慈尊院2014-04
境内にある噴水、蓮の形をしています。





慈尊院2014-05
弘法大師像と案内犬ゴンの碑

ウイキペディアより
ゴン
生物 イヌ(オス)
品種 紀州犬と柴犬の雑種(毛色:白)
生誕 不明
死没 2002年6月5日
和歌山県伊都郡高野町
国籍 日本
高野山の案内犬ゴンは、慈尊院や高野山の参詣者・ハイキング客を案内した犬。
昭和60年代(1985年 - 1988年)に、九度山駅と慈尊院を結ぶ途中にある丹生橋の近くに住みついていた紀州犬と柴犬の雑種である白い雄の野良犬が、やがて慈尊院や高野山の参詣者・ハイキング客を案内するようになった。慈尊院から聞こえる鐘の音を好んでいたため、いつしかこの野良犬は「ゴン」と呼ばれるようになった。
最初の頃は九度山駅と慈尊院の間を案内するだけだったが、1989年(平成元年)頃から慈尊院をねぐらとして、高野山町石道(こうやさん・ちょういしみち)の20km強の道のりを朝、慈尊院を発って、夕方に高野山上の大門まで道案内し、夜には慈尊院に戻る毎日を送っていた。
しかし長く険しい山道を連日のように歩き続けたため、体力的・年齢的にも相当の負担がかかったようで、1992年(平成4年)をもってガイド犬を引退し、その後老衰のため、2002年(平成14年)6月5日午後3時50分に息を引き取った。
約1200年前の弘法大師の時代にも高野山の案内犬がいたという伝説があり(金剛峯寺#開創伝承も参照)、このゴンは「弘法大師の案内犬の再来・生まれ変わり」、「お大師さんの犬」などと呼ばれ親しまれていたこともあって、同年7月23日に慈尊院住職の計らいで境内の弘法大師像の横に、ゴンの石像が載せられた「高野山案内犬ゴンの碑」が建てられた。また、絵と「高野山案内犬ゴンちゃん」と書かれた“ゴンの御守”(おまもり)も御供所に備えられた。2003年には童話として出版されました。





慈尊院2014-07
境内に大きな観音像がありました。
背景にある土壁や石碑も重要文化財




慈尊院2014-08
慈尊院の石碑
 世界遺産登録を記念して建てられたもの。
 平山郁夫氏の筆 実は平山郁夫氏の奥さんは九度山町の出身!




慈尊院2014-11
弥勒堂
国の重要文化財。
お母様が亡くなった後、弘法大師はお母様が篤く崇拝していらっしゃった弥勒菩薩座像と御母公像を安置するため、弥勒堂を建てられました。
弥勒菩薩座像は21年毎に御開帳されます。で本当なら今年が御開帳の年なのですが、高野山開創1200年行事に合わせて平成27年4月2日~5月21日にかけて御開帳しますとのこと。

※実は前回、この近くで仕事をしていたので「弥勒菩薩座像」見に行ったんですよね!
 人が多くて大変でしたが、しっかりと拝む事が出来ました。




慈尊院2014-09
有吉佐和子「紀ノ川」より
「紀ノ川」が映画化されたとき、この慈尊院へ乳房型の絵馬を奉納するシーンがあったそうです。





慈尊院2014-06
たくさんの絵馬が奉納されています。
私も一筆書いて祈願してきました。




慈尊院2014-12
慈尊院のおみくじ(左)と乳癌平癒の御守り(右)
私は黒犬のおみくじを買いました。底に穴があって中におみくじが入っています。










新生姜で!(佃煮と生姜味噌)

5月末〜6月、新生姜の季節ですね(^^)v
新生姜で!2014-01

実は和歌山県は生姜の生産が全国2位なんですヨ。
生姜好き県民?


で、ウチも毎年作るのがコレ
新生姜で!2014-03
新生姜の甘酢漬け、とシソ梅酢漬け
甘酢漬けはそのままでも美味しいけど、色んな料理に入れる。
保存が利くので(一年保つよ)、料理にちょこっと使うのにとっても便利。
シソ梅酢漬けは見た目通り、赤生姜の代わり、焼きそば、お好み焼き、チャーハンの
時には欠かせないアイテムです。


さて、もう2品〜3年程前からハマっているものがあります。
一つは「生姜の佃煮」です
新生姜…………2Kg
砂糖……………500g
醤油……………200cc
みりん…………140cc
味付き細切り昆布……50g
炒りごま………50g

(1)新生姜をよく洗い薄くスライスする
    ※たくさんスライスして、半分甘酢漬け、とシソ梅酢漬けに
     つかいました
    ※新生姜は皮も柔らかいので、皮むきしなくて良いのですが、
     ちょこっと荒い部分を剥きました


(2)生姜を水から入れ茹でこぼす。3回同じ事をして水気をきる
新生姜で!2014-02
 ※1、2回目は茶色いアクがでます、3回目になると随分薄くなってきます



(3)砂糖、醤油、みりんを煮立て、中火でコトコト少し煮詰める
(4) (3)に(2)を入れ、汁気が無くなるまで水分を飛ばしながら煮詰める
新生姜で!2014-04



 ※2時間ぐらい煮詰めたらこんな感じ↓
新生姜で!2014-05
 ※おお〜佃煮っぽい!!
  かなり、嵩も少なくなってきましたよ。。



(5)煮詰まったら、昆布とゴマを入れてサクッと混ぜて出来上がり!
   ※カビ防止の為にはタレが全部亡くなるまで煮詰めて、消毒した
    入れ物(密閉出来るものが良い)に熱いうちに詰める。
    または小分けして、冷凍する。
新生姜で!2014-06
 ※友人やおばあちゃんにあげるので、ウチに残ったのはこれだけ。
  また作ろうかしら〜。





で、もう1つ
「生姜味噌」です

生姜…………100g
味噌…………200g
みりん…………50cc
砂糖…………大さじ3
醤油…………大さじ1と1/2
ハチミツ大さじ……1と1/2
お好みで炒りごま、ちりめんじゃこなどをいれてもOK!


ここで、さきほどの新生姜の佃煮その他を作った時に余った皮!
これを使います!
新生姜で!2014-07
実はもともと、この皮をすてるのが勿体ないなーと思って利用方法をネットで検索した結果「生姜味噌」に行き着いたんですよね(^^)v
去年からはこの生姜味噌を作る為にわざと荒く皮を剥く様にしています。
作り方はいたって簡単!

(1)余った生姜をひたすらみじん切り
新生姜で!2014-08
(スライサーを使えば簡単なんですが、出してきて、また片付けるのがが面倒だったもんで、(^^;)アレ)


(2)材料全てお鍋に入れてクツクツ煮る
新生姜で!2014-09


(3)煮詰まったら出来上がり
新生姜で!2014-10


こちらも御飯のお供だけでなく、豚の味噌生姜焼き、イワシやさばの味噌や焼きなんかに使えて優れものヨ。


でもね、冷蔵庫が〜〜(^^;)ははは。。










紀伊半島一周旅行(たった2日で!)その13 二見興玉神社

PM2:30にバスに乗り込み、次の場所「二見興玉神社」へ

伊勢志摩バスの中から01


バスの中から02
バスの中からこんな所を見つけたよ。
映画村みたいな感じ? いつか行ってみたいなー。


※今、よく見直したら、そうだこれ!
「軍師勘兵衛」に出て来る信長のお城だ!!!
CGでさいげんしてるのかな〜って思ってたけど、もしかしたらココのを映している!?







二見興玉神社(縁結び・夫婦円満などにご利益のある神社)
夫婦岩の沖合約700mの海中に沈む、祭神・猿田彦大神縁の興玉神岩を拝する神社である。興玉神岩は現在は海中に沈んでいるため、肉眼で見る事は出来ないが、過去にあった津波で水が引いた際に少しだけ見ることが出来たと言われている。猿田彦大神は「道開き(導き)の神」といわれている。この神の神使はカエルとされており、境内には無数のカエルの石像が並んでいる。この神社の授与品もまた「無事カエル」「貸した物がカエル」「お金がカエル」(カエルと帰る・返るの掛詞)と呼ばれるカエルをモチーフにしたものである。
古来、伊勢神宮に参拝する前、また、祭典に奉仕する前には、清き渚と称される二見浦で禊(沐浴)を行うのが慣わしであった。

二見輿玉神社02

二見輿玉神社03

二見輿玉神社04
夫婦岩(長さ35mの大しめ縄が2つの岩を結ぶ)
夫婦岩の上にも鳥居がある。
それにしても、すっごく風と波が荒かった!

二見輿玉神社05
本殿で拝む(かえるが!)


二見輿玉神社06
鳥居から臨む夫婦岩














二見輿玉神社01
土産物屋さんの近くにあった石碑





紀伊半島一周旅行(たった2日で!)その12 伊勢 おはらい町・おかげ横町

おはらい町・おかげ横丁(江戸時代にタイムスリップしたような町並み)
伊勢神宮・内宮前で栄えるおはらい町。宇治橋から五十鈴川に沿って続くおよそ800mの美しい石畳の通りには、お伊勢さん特有の切妻・入母屋・妻入り様式の町並みが軒を連ねます。
 しかし、昔からの町並みではなく、おはらい町の建物の多くは1970年代以降に民間主導で進められたまちづくりの結果整備されたものである。
伊勢志摩おはらい町01

伊勢志摩おはらい町02

伊勢志摩おはらい町04

伊勢志摩おはらい町05

伊勢志摩おはらい町06






↓おはらい町の中ほどにこんな看板が!
伊勢志摩おはらい町03
これも調べてみたら、すごい事が分ったよ〜(@@)
 濱田総業社長の濱田益嗣(はまだますたね)は赤福10代目当主、またマスヤ食品を設立して「おにぎりせんべい」を開発。
自動車の普及で(内宮に直接乗り付ける参拝客が増え)観光客が少なくなったおはらい町に本社の周辺、約2400坪を6年かけて買収し、総額140億円をかけて江戸時代の町並みを再現した「おかげ横町」を誕生させたのである。1996年、61回式年遷宮の年だった。(このとき赤福の年収130億円)
2007年食品偽装のため会長を辞任。 
 そういえば、赤福餅って時々ニュースに出て来るよね、(なんかいつも揉めてる?)ワンマン社長なのね。

↓これが赤福本店
伊勢志摩おはらい町11




そのおかげ横町で昼食
伊勢うどんのお店は人が一杯並んでいて、時間内ではムリ、で諦めてお寿司屋さんに入りました。
でも、お寿司、すっごく美味しかった♪

伊勢志摩おはらい町07
「横町君家」にて なぎ定食
伊勢湾や志摩半島を中心に、全国各地の選りすぐりの魚介をネタにした本格にぎり寿司のお店です。

これがなぎ定食、リーズナブルなランチでした(^^)v
伊勢志摩おはらい町10

伊勢志摩おはらい町09
↑かわいい箸置き♡

伊勢志摩おはらい町08
↑君家の2階から眺めたおかげ横町


おかげ横町をまわる時間も無く、この写真だけ(^^;)
おはらい町では赤福を買うのがやっと〜。(ま、いっか)













紀伊半島一周旅行(たった2日で!)その11 伊勢神宮(内宮)その他

正宮から戻る途中、なにやらパワーストーンらしきものが…
伊勢神宮のパワーストーン?
みんなが手をかざしていたので、つられてかざしてみたものの、何のご利益があるのか解らない。
で、ネットで調べてみたら……
これは「四至神(みやのめぐりのかみ)」というらしい。2段の石畳の上に石神として奉られているもの。四至とは宮の四方の意味で、神社の境界を守護する神様とのことだとか。石神を祭る“社殿を備えない神社”というわけ。社殿は無くとも神社。手を併せても手をかざすところではないらしい。
調べてみて、苦笑してしまったヨ。

外宮の方にも似た様なのがあって、亀石、地蔵石、三つ石がある。
ここでもみんな手をかざしていて、宮司さんは困っているとの事だった。
わはは、私も手をかざしちゃったよ〜。



伊勢神宮内宮2013-21
内宮神楽殿
銅板葺、入母屋造の美しい建物。
ここでは御神札(おふだ)や御守の授与、御神楽・御饌などの御祈祷を取り扱っています。



伊勢神宮内宮2013-23
神楽殿にあるお手水の前で何やら解説している人がいた。
なので、写真に撮って、やはりネットで調べてみると…
これは「龍虎石」と呼ばれていて、側面に龍と虎の姿が浮き出ていると言われているんだって。
なるほど、石の模様が虎に見えるわ!(竜は反対側?)




伊勢神宮内宮2013-24

伊勢神宮内宮2013-25

伊勢神宮内宮2013-26

宇治橋近くで みごとに紅葉した木がありました。
母に聞いたら「楓(フウ)」という木だそう。
(母は植物に詳しいのです)

フウ(楓[2]、学名: Liquidambar formosana)はフウ科(クロンキスト体系ではマンサク科)フウ属の落葉高木。
種名は「台湾の」の意味。別名、サンカクバフウ(三角葉楓)、タイワンフウ(台湾楓)、イガカエデ(伊賀楓)、カモカエデ(賀茂楓)。古名、オカツラ(男桂)
原産地は台湾、中国南部。日本には江戸時代中期、享保年間に渡来した。




伊勢神宮内宮2013-28
このフウの木の根元に鶏がいました!
動いてるものがあったので、ビックリしたよ〜。(放し飼いだし(@@))

伊勢神宮内宮2013-27
しかも、よく見たら2羽いました!
なんとも綺麗な鶏でこれも調べてみると、三重や岐阜、和歌山など8県の愛鶏家でつくられた神宮奉納鶏保存会という会があって、2011年に白色の小国鶏(しょうこく)の二つがい計4羽を奉納されたそう。

 天照大神を祭る神宮には神鶏(しんけい)が放されているとのことで……、そういえば鶏は、天照大神が閉じた岩戸をまわりの神々がなんとかしようとした際に、活躍したものねぇ。



伊勢神宮内宮2013-29
宇治橋から見た五十鈴川
行きとは違う方向で、紅葉が綺麗♪



伊勢神宮内宮2013-30
宇治橋の欄干?が綺麗だったの撮ってみました。
                           
伊勢神宮内宮2013-31
 何やら字が彫ってあります。字が彫ってあるのはこれだけの様です。
伊勢神宮宇治橋に16基ある擬宝珠の内「天照皇太神宮 御裳濯川御橋 元和五己未年(1619年)三月」の刻印があるもの。この中に饗土橋姫神社の神札が納められている。とのこと。へえ〜!そうだったんだ。




伊勢神宮は、小学生の時に来て以来。
でもなんとなく、憶えている所もありました。
お伊勢さん、今度は家族連れで、お参りに来たいかな〜(^m^)


紀伊半島一周旅行(たった2日で!)その10 伊勢神宮(内宮)へ

すごく間が開いてしまいましたが(^^;)漸く続きです。

伊勢神宮・内宮(日本の総氏神様が祀られる)です。
 内宮は皇室の御祖神である天照大御神(あまてらすおおみかみ) をお祀りしています。
内宮の奥に広がる神路山・島路山を源とする五十鈴川の川上に鎮座しています。
五十鈴川の清流にかかる宇治橋を渡ると参道は深い森につつまれ、静かで神々しい空気を感じることができるでしょう。



伊勢神宮内宮2013-12
内宮への入口  宇治橋
 五十鈴川にかかる宇治橋は、日常の世界から神聖な世界へのかけ橋といわれています。宇治橋外側の正面から見る大鳥居の姿は感動的であり、身も心も正して清浄な宮域に入る心構えの大切さを感じさせてくれます。


伊勢神宮内宮2013-13
宇治橋から臨む五十鈴川



伊勢神宮内宮2013-14
三重県産の清酒の奉納
これだけずらりと並んだら見事です!



伊勢神宮内宮2013-15
五十鈴川と御手洗場(みたらし)
 神域の西側を流れる五十鈴川は別名「御裳濯(みもすそ)川」と呼ばれ、倭姫命(やまとひめのみこと)が御裳のすそのよごれを濯がれたことから名付けられたという伝説があります。
水源を神路山、島路山に発する、神聖な川、清浄な川として知られる五十鈴川の水で心身ともに清めてから参宮しましょう。



伊勢神宮内宮2013-16
正宮前の杉
これは、寒さよけとか防虫対策とかではありません。
なんと、人間除けです!
沢山の人が触ると樹皮がはがれて木が枯れてしまうんだって。
確かに、余りの巨木にみんな撫でて行ってたものね!




伊勢神宮内宮2013-17
正宮にやっと辿り着きました〜。すっごい人です。式年遷宮の時は参拝だけで2時間待ちだったんですって!

内宮・正宮
 垂仁天皇26年にご鎮座されてから、2000年。
4重の御垣に囲まれた一番奥にあるご正殿に、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)がお鎮まりになっています。
唯一神明造 (ゆいいつしんめいづくり)と名付けられる建築様式のご正殿はじめ付属の殿舎ならびに御垣は、20年に1度、式年遷宮の大祭を行って建て替えられてきました。
遷宮によって、2000年昔と変わらない姿を今も拝することができるのです。


伊勢神宮内宮2013-19
新正宮(斜め前から覗き見る事が出来ました)


伊勢神宮内宮2013-18
旧正宮

平成25年10月15日式年遷宮が行われました。
新・旧そろい踏みなのは今だけです。
それにしても、20年でこんなに古くなるものなのね!!      
新旧並べると古さ(新しさ)が際立つ〜。





内宮のその他は次の記事で紹介します。