こうちゃんの Collection Room
このお部屋にはこうちゃんが、集めたもの、手作りしたもの、日々の記録などを紹介しま~す♪ 

佐伯祐三展

佐伯祐三展


先日、「佐伯祐三展」を見に行って来ました。



佐伯祐三(さえきゆうぞう)について
 
どこで生まれたの?
  大阪府中津村の光徳寺の次男として生まれました。

いつの時代の人?
  1898年(明治31年)~1928年(昭和3年)、
  30才のとき結核で亡くなりました。 

いつから絵を描きはじめたの?
  中学の時(17歳)のときに油絵を始める。
  その後、東京美術大学西洋学科を卒業。
  卒業後すぐに妻子とともにヨーロッパへ、翌年にはパリへ。
  (パリ滞在1924~26、1927~28)

どんな絵を描いてる?
  主にパリの古い街並みや人物など
  ブラマンクに「このアカデミックめ!」と言われてから絵の心情表現が
  激しいものとなる。


大きさは?数は?
  あまり大きな作品はありません。20号~30号ぐらいが多いです。
  短い生涯で300点ほどの作品を描きましたが、戦争などで消失した
  ものも多いです。今回の展覧会では約140点あまり展示されてい
  ます。




この「佐伯祐三展」は彼が学生の頃から亡くなるまでの全ての時代をほぼ網羅しています。
短い人生の中で、300点もの作品を描き上げたのもすごいけど、私たちが知っている彼の作品のほとんどが、晩年の頃の作品だと言うことにも注目。
つまり、今回の展覧会では佐伯祐三が「アカデミック」だった時代の作品や一時帰国した日本で『日本の風景』を描いていた頃の作品などあまり、《知られていない佐伯》に出会うことが出来たわけです。
時代を追って、彼の心の変革と作品の変遷をたどると、やはりそこには彼が愛してやまない『パリ』が存在しているなぁと感じました。


さて、今回見学に行ったのには理由があります。
職場で、『チーム別研修』と言うのを年4回開くのですが、
今年は私がそのチームの一つを担当することになりました。
で、その研修を美術館見学にしたのです。
“公共施設の利用”という名目と、見識を深めるというお題目で‥‥。
そこで、学芸員の方に解説をお願いできないかと伺った所、快く応じて下さいました。
まず、それぞれ自由に作品鑑賞。その後、別室にて解説をしていただきました。

そのときの、学芸員さんからの裏話をいくつかご紹介。
・作家はいろいろな技法を試しているので、同じところ、違うところに注意をして見ると、発見がある。例えば、佐伯は輪郭線をしっかりと描く作家だが、筆跡を見るとほとんどが最後に輪郭線を描いているのが分かる。これは実物を見ないと発見できない。
・佐伯は、作品を見るからに、そして実際にも描くスピードが速い。だけど、闇雲に勢いだけで早く描いているのではない。
そこにはちゃんとした計算がある。その頭の中での計算が早いのである。
・佐伯のことが好きでずっと研究をしている“旭あきら”さんという人がいる。その人の本を読んでみると、佐伯は音楽も大好きで、ジャズやクラシックにも長けていた。その大好きな音楽のコンサート(特にバッハのコンサート)のポスターを貼ってある風景、を佐伯は何枚も書いていた。その頃の文献を調べてみると、実際にそのコンサートは開かれており、佐伯はきっと実際に貼られたポスターをウキウキしながら描いていたに違いない、とのこと。そういう姿を想像しながら、絵を見るのも一興!
・この展覧会を開くにあたり、いろいろ調査して初めて発見された佐伯の作品もあるし、ずっと家で眠っていて日の目を見ずに過ぎていた、初出の作品もある。また、巡廻展の最初、練馬での開催中に「ウチにも佐伯の作品があるのだけど‥‥」と持ち込まれたものもある。たいていが印刷物などの偽者であるが、1点本物が発見され、2度目の巡廻地から展示された作品もある。カタログに間に合っていないので、はじめの扉のページに白黒の印刷で後から貼ってあるのがその作品、とのこと。

そのほか、佐伯が苦労して二度目の渡欧したことや、奥さんも東京美術学校の卒業生で、佐伯と子どもがパリで亡くなった後、二人の遺骨を抱いて日本に帰り、日本では再婚もせずに自身も絵を描きながら余生を過ごしたこと、なども話題になりました。

その場で疑問に思ったことがすぐ聞けるのが良かったなーと、実感しました。
たまにはこんなのもいいな(^^)



☆ひよこちゃんへ
解説は何のためにいつ、どこで、誰が?というのが必要ですので、個人で行って頼むのは難しいと思います。
PTAとかの行事とかで目的を持って、ある程度の人数が集まれば、前もって頼むと、学芸員さんの都合次第では受けてくれます。
あと、和歌山近代美術館では期間中にミュージアムトークを開いているので、そのときを狙って聞きに行くといいと思うよ!



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Comment

彼のアトリエを含む敷地が公園になっていていったことがあるの。小さなかわいいアトリエだったよ。この郵便配達夫の絵って裏に何か描いてなかったっけ?前にどこかで展覧会やっていた時見に行ったような?
2005.12.01 22:52 | URL | めにい #mBUWyLB. [edit]
佐伯祐三って、若くして亡くなっていたのね。知らなかったわ。
短い生涯なのに随分多くの作品を描いているのね。
こういう人が長生きしたら、どんな作品が発表されたのだろう?
と考えてしまいますね。
でも、短い時間だからこそ、神がその才能を惜しんで素晴らしい作品を世に送り出させたのかもしれないですね。
2005.12.03 06:17 | URL | きらざくろ #- [edit]
この絵、小学校以来、かなぁ。。図工の教科書に載っていたような。。今の小学生はそう言う、昔の巨匠に触れる機会はあるのでしょうか。我が家(我が地域)では、新しい教育方針の方が目立っているので、今の何年生が『第九』を知っているか、気になります。(^^ゞ
2005.12.03 20:05 | URL | さと@さと #1n9Tsjm2 [edit]
<めにいさん>
記事の途中で、スミマセンでした。最後まで読めたでしょうか?
佐伯祐三のアトリエ、その名も「佐伯公園」というのだそうですね。
カタログに写真と図面が載っていました。いいなぁ東京にいると、いろいろ見れていいですねー!

「郵便配達夫」の裏面は特に記載がなかったのでたぶん何も描かれていないと思います。
今回の展覧会では、ノートルダム寺院の裏面とか、裸婦像の裏に風景、とかありました。


<きらざくろさん>
かれは22、3歳の頃に「自分は肺の病だと思う。」と友人に手紙を出しているそうです。その事もあって、きっと遮二無二描いたんだと思います。でも確かに長生きしてたら、画風が変わっていたかも知れないし、もっと見たかったような気がします。
で、私はそれが(佐伯が肺の病だと)分かってて、結婚された奥さんがスゴイなーと思います。佐伯が亡くなった後、同じ結核で2週間後に子供も亡くしてしまって、どんなにか消沈された事だろうと、その事ばかりが心に残ったりしました。


<さと@さとさん>
わー、お久しぶりです!!
お元気になられたようで、よかったです(^^)

そうそう、今の美術の教科書に「ドラゴンボール」が載っていたりするとちょっと、首をかしげたくなります。
学芸員の方がおっしゃっていましたが、「美術館は教育機関なんですよ。子供が興味がないから連れて来ない、でなくて子供にこんなものを教えたい、興味を持ってほしい、で連れて来てもらいたい」って!
その通りですねー。
2005.12.04 03:44 | URL | こうちゃん #- [edit]

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