こうちゃんの Collection Room
このお部屋にはこうちゃんが、集めたもの、手作りしたもの、日々の記録などを紹介しま~す♪ 

初めてのバンガロー体験2011.3.20 その11 有田川町鉄道交流館-4

ダンナさんから「絶対“鉄ブログ”だ」と云われる今日この頃~(笑)


さて、『キハ58003』、いよいよ150mの旅に出発です。
  ※ちなみに『キハ58003』の意味は?
   JR(旧国鉄)の列車識別番号の事です。
    「キ」は気動車のキ‥‥‥‥‥‥‥ディーゼルカーのことです
    「ハ」はイロハのハ‥‥‥‥‥‥‥イは1等車(現在はありません)
                  ロは2等車(グリーン車の事です)
                  ハは3等車(普通車の事です)
    「58」は車両形式‥‥‥‥‥‥‥本州以南向け、一般型であるが急行車両としての改良型
    「003」は製造番号‥‥‥‥‥‥富士急行仕様の3台目ということになります
  ※詳細は最後をご覧下さい。








出発のあいさつ(保存会のかたかな?)
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館25
あいさつが終わると、エンジンがかかりました。
ガランガランガラン~って感じで、結構大きな音と振動です。










走行が始まると、女性の方が有田鉄道と、この車両についての解説をしてくれました。
が‥‥
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館26
エンジン音が大き過ぎて半分位は聞き取れませんでした(><)
マイクの音を大きくすると、うるさくなり過ぎるんだろうなぁ、、、。



車両は公園入り口にあったD51の近くまで走り
そこから折り返しです。
1両編成ですが、両側に運転席がある特別仕様なので、こういう技が使えるのですね。









折り返し、交流館前を通過し、金屋口駅に着きました。
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館27
旧金屋口駅の再利用??






ホームに停車中のキハ58003
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館28








車体横の表示板
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館29
上のは実際に有田鉄道で走行していたときの表示
下の“はと”って?
保存会の人に聞いてみたら
「ああ、これお遊びです。」って




ちなみに“はと”をひっくり返したら、
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館30
“特急”でした。(富士急行時代のだったのかも?)










金屋口駅にはこんな貨車も止まっていました。
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館31
ヨ6114
大阪府の個人が所有していたものを購入し保存。こちらも修復済みで綺麗になっています。
ここでは2両しか見られませんでしたが、保存されている貨車は全部で5両あるそうです。






反対側には木製の貨車です。
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館32
ワム1
 蒲原鉄道より購入した貨車の1つ。様々な改造が施され、詳細な製造時期は不明。
遅くとも大正時代には元となる車両が製造されていたと考えられています。
傷みが激しく、天蓋が完全に抜けてしまっていたのを修繕、きれいになっています。
保存車両とは云え、木製の貨車って云うのは 今では大変珍しいものなんだそうです。






改札口
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館33
わぁ~、、レトロな感じがいいなぁ。
駅ごと保存してるところってそれこそ、珍しいよねぇ。。







駅の外に出ました。
初めてのバンガロー体験2011-35-有田鉄道交流館34
えっと??  トタン張り?
紀州鉄道の終点「西御坊駅」も駅舎に見えなかったけど、ここもなんだか工場みたいに見えます。
特に駅名が外されているからかもしれませんが、、、。
でも、こういうのも、地方のローカル線の風情と云えるのでしょうね。


しかし、有田鉄道の理解と保存会の努力がすごい!
よくぞここまで遺してくれたなぁ。。














<キハ58003>についての覚書き
   ーーウイキなど 他のHPなどから流用ーーー


富士急行のキハ58

1962年から富士急行線の起点大月から中央本線の急行「アルプス」に併結して新宿まで乗り入れる急行「かわぐち」が運転を開始した。

「かわぐち」用の車両は、富士急行線内および中央本線新宿 - 大月間が電化路線であるが、併結する急行「アルプス」が非電化区間まで運転されるため必然的に気動車となることから、富士急行でも3両のキハ58を日本車輌製造に自社発注した。

中央本線・富士急行線は急勾配路線であるために2基エンジン仕様のキハ58であるが、以下の点で国鉄仕様と異なる。

車両番号表記は、国鉄旧形電車のような5桁数字の58001 - 58003で、001・002は国鉄車と全く同一の片運転台車、003は両運転台車
通常は001・002で2両編成を組成するが、予備車の003は定員を合わせるためトイレ・洗面所を廃止し両運転台仕様とした。
003の増設側運転台側戸袋窓は、客室窓そのままのサイズの広幅・大型なのが特徴。
1975年の「アルプス」全列車165系電車化に統合される形で運用を失った。このため3両は有田鉄道に譲渡され同社のキハ07形を置換えた。

譲渡の際に有田鉄道線が全線で平坦であることとランニングコスト低減の観点から、国鉄高砂工場で全車がエンジン1基化と001・002はトイレ・洗面所撤去工事を施工。

有田鉄道では利用客の減少が続いたため両運転台の003が運用されることが多く、1993年には樽見鉄道からハイモ180-101の移籍により001・002は廃車。003は予備車となったが、2002年の同鉄道廃止まで在籍した。

譲渡
本系列は、ほとんどが晩年まで国鉄→JRで使用されたことから、日本国内の鉄道事業者への譲渡は北近畿タンゴ鉄道へ譲渡された4両が唯一例である。この他に部品取りとして有田鉄道へ1両譲渡された例があるが、車両として入籍はしていない。日本国外ではロシアサハリン州・タイ国鉄・ミャンマー国鉄に例がある。








一発エンジン 両運転台のキハ58
 キハ58とはいっても国鉄車両ではありません。富士急行が1963年 国鉄中央線へ併結
乗り入れ用として新製したキハ58003で、ほぼ同一設計で塗色も同じですが、
トイレなし、両運転台形の富士急オリジナル車両なのです。
 もっとも、後年、改造により国鉄/JRにも58系の両運転台形が登場することになるのですが、
それまでは唯一の両運転台形キハ58として、
また全区間電化区間を走る気動車として注目されていました。 
 
 すべての中央東線の急行が電車化された1975年。
お役ご免となったキハ58003は、僚友の2両とともに有田鉄道へやってきました。
 ただ運行開始までには1年の歳月を必要としました。
重量のある彼らは軌道負担力の問題ですぐに走ることはできなかったのだそうです。
 その後1980年には、エンジンを1台撤去。単発のキハ58となります。
平坦な路線をのーんびり走るわけですから何ら問題はありません。
なぜ導入と同時にそうしなかったのか。ちょっと不思議なくらいです。
 
 樽見鉄道からハイモ180が入線した後は、滅多に走ることもなく。
平成14年、有田鉄道の廃線とともに姿を消しました。
現地へゆけば、たいてい撮影できる車両でしたが、
その素性、来歴を考えれば珍車中の珍車といえるでしょう。
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Comment

No title
こんばんは。
色々な車両があるんですね!
鉄道好きにはたまらないでしょうね。
それも少しの距離とは言え実際に走行してくれんだから嬉しいですね。

ポチ!
2011.08.13 19:06 | URL | まーぶ #Z2PsPELM [edit]
Re: No title
<まーぶ さん>
廃線の後も“動態保存(運行できる状態で保存)”しているのは珍しいと思います。
小さいながらも「鉄」の間では人気のある記念館だそうですよ。


そうそう、実際に走ってるSLが楽しめる所、見つけました。
「梅小路蒸気機関車館」です。いつか行ってみたいです。

そうそう、四国のアンパンマン電車も乗ってみたいなぁ。。。
2011.08.14 00:12 | URL | こうちゃん #- [edit]

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